fotografia del Forno A Legna di  Pizzeria IL PENTITO

Forno A Legna (まき窯)

僕がpizzettaio(*註1)の修行に出掛けたのは1996年のことでした。

Il capo dei capi 〔最初の最初)

20年程前に休暇で行ったROMAのナヴォーナ広場裏にある<Da Baffetto>(*註2)と いう店の薪窯を近くで見せてくれと頼んだところ、しばらくしてオーダーが途切れた時に 窯の前に呼ばれて無理やり手を掴まれ窯の中に入れられたのです。熱いというのを通 り越して、頭の中に熱が炎のかたちを借りて分厚く渦巻いている絵が浮かびました。
その後、このホームページで紹介しているような名店を知り、ついには会社を辞めて ROMAに旅立ったのです。

紹介状もコネクションも何もない僕でしたが、会う人ごとにpizzettaioの勉強をしたいと言い回っていたところ、ついにForno A Legna(薪を使った窯)の店に入れてもらう事が 出来ました。生地の準備・配合、窯の準備、野菜の切り方など全てが、ROMAのやり方でした。日本で調理の仕事の経験など全くなかったことが逆に幸いして、見るもの全てを毎日、 真似て覚えていったのです。
Farina(小麦粉)、Lievito di birra(ビール酵母)、sale marino(食塩)、 olio extra vergine(オリーブ油)これらの材料も 全て同じものを日本に持って帰ろうと 決めました。
そして何よりも、薪窯 (Forno A Legna)でした。

現地の人間は美味しいピッツアを食べるためには、店の看板に必ず Forno A Legnaという文字を探します。ガスや電気では美味しいピッツアが 焼けるはずがないからです。
出発前に日本で手に入る薪窯を調べてみました。ミラノのAmbroggi社の窯なども 手に入るようでしたが、プレハブ式の窯には全く興味はありませんでした。ROMAの名店の窯そのものを職人を招いて再現しようと思ったのです。薪窯の歴史そのものを一つ一つ手で積んで作った窯が必要でした。

最初に修行をしていた店のオーナーのグイド氏が、Pancotti社を紹介してくれました。
その店の窯を作ったのが彼等だったのです。ヴァティカンの法王庁の仕事も依頼される彼等は、ROMAで5代続く窯作りの名手であり、その窯は非常に扱いやすく、何より力が強烈でした。
1分でピッツァを焼き上げるほどでした。

ローマにいた1年半の期間、僕は彼等を口説き続けました。
Ostia地区にある彼等の家までは車のない僕には遠い道のりでしたが何度も通 ったのです。わざわざ来ても留守の時には近くのBARで紙とペンを借りて手紙を置いていきました。そのリクエストの手紙が何通 もたまった頃、やっと4代目の名人アルマンド氏と話すことが出来ました。
修業先の店名、ピッツアの主要な材料となる小麦粉・塩の供給元、いくつかのピッツアに関する知識を 問いただされた後に彼はついに首をタテに振ってくれたのです。

1998年2月14日、僕は成田空港にPancotti氏を迎えに行きました。
そして2週間後、店には、Pancotti氏の手によるROMAと全く同じまき窯が、完成していたのです。
彼等の言いつけを守り、1ヶ月間、なるべく火を絶やさないように、小さい薪で、窯を少しずつ 乾燥させていきました。今、1分かからずに、ピッツァを焼き上げます。

 

Non deve essere cambiato niente, Tutto come ROMA....
すべてローマのままに....
生田悟志(イル・ペンティート・オーナー)

 

註1)
ローマではPizza職人をpizzettaioとか、pizzettaroとか言ったりする。pizzaiuoloはもともとナポリの方言。
ローマではピッツエッタイオと言うのが普通 。
註2) Pizzeria Da Baffetto ナヴォーナ広場の近くにある古い店。
何の飾り気もない店で決して 洗練されていないが、街の中心部にここほど安い価格で薪窯のピッツアを見つける事は 不可能に近い。当然夜は店の外に列ができる。
狭いGoverno Vecchio通りにまであふれる客とその脇を無理ヤリ通 ろうとするマキニーナ(ちっこい自動車)との小競り合いは日常茶飯事!? 店名のBaffetto(ヒゲ)は、この店の主人のヒゲに由来する。